―最近肌荒れが酷い。腕に首に顔、目立つところばっかり。長袖着てても目に付くみたい。ちょっとお医者さんに掛かった方が良いのかもしれない。それにしても、ここのとこ忙しすぎる。試験前だってのにシフトがギチギチ。卒論間に合うかなぁ…
―病院で錠剤二種類と塗り薬二種類を出してもらった。ストレスが原因らしいけど、バイトかな。忙しくなってから肌荒れ酷くなってきたし…とりあえず、シフト減らしてもらえるようにチ―フに頼んでみようかな。あと、久々にゼミの子たちとお茶。新作のチ―ズスフレが凄く美味しかった。今度他の子とも行こうかな。
―バイトの先輩に、肌のお手入れちゃんとしなさいねって言われた。大きなお世話。ほんっとうにあの人デリカシ―無いなぁ。初診から一週間。薬があんまり効いていないみたいで、脂っこいものや刺激物を含むものは摂取しないように、とお医者さんに怒られた。折角もらった塗り薬も、皮膚が弱いからって顔に使っちゃいけないらしいし、なんか凄く不便。とりあえず掻き毟らないように、マスクを買ってきてみた。どうせ風邪予防でみんな付けてるし、あんまり目立たないかな。あと、リップクリ―ムを切らしちゃったから明日買いに行かないと。
―あの子にこのことを相談してみようかな。きっとあの子は私のこと引いた目で見たりなんかしないと思う。だけど、彼女はとっても可愛い。興味が無いわりに、無難に見えるようにと身辺を整えているから、今は会いたくないな…相談してみたいけれど。

「これって、姉貴か?」
 彼の姉は黙って頷いた。
「俺は女子じゃないからよく分からないけど、女子って見た目のこと相当気にするよな」
「それが社会からの要請そのものだからね」
 そう言って苦笑すると、姉は深く息を付いた。机に肘を立てて、両の掌を祈るかのように合わせると、その陰に顔を埋める。
「何か、おかしいとは思ったのよね。最近メ―ルの内容がやたらにハイテンションだし。バイトの話になると、やたらに話を逸らそうとするし。でも、付き合い長いから敢えて突っ込まないほうが良いこともあるかなと思って、何も言わなかったの」
「でも、友達にしか言えないことってあるだろ?」
 青年がそう告げると、彼の姉は呻くように呟いた。
「自分の容姿に関わることなんて、易々と相談できないわよ。それも親しければ親しいほどに。同情されるのも辛いし、内心見下されてるんじゃないかってびくびくする羽目になる。顔を合わせない相手なら相談できるって考え方もあるけど、私はそうは思わない。だって、実際に見たわけじゃないんだもの。どれだけ症状が酷いのか、人は勝手に想像してしまう」
「…いずれにせよ、かなり気にしてたんだろうな」
「だと思う」

―起きたら爪の間が黒くなっていた。寝ながら掻き毟ってしまったんだと思う。皮膚っていうか、これが垢なのかな…。とりあえず、手首のところがゴムになってるジャ―ジの方が寝ている間に弄りにくいかもしれない。今晩はジャ―ジで寝ようかな。ステロイド剤の油分も指先についていてなんか気持ち悪い。
―チ―フに怒られた。ブラウスが汚れてるって言われたんだけど、たぶん、これは血だ。そりゃ掻き毟っちゃう私がいけないんだけど、でも、薬飲んで治療してるんだからいちいち言わなくたっていいじゃん。イライラするとさらに酷く掻いちゃうし、もう悪循環ばっかり。さいあく…
―薬が切れた。でも、授業あるし、診察時間に間に合わなそうだなぁ。朝から顔が痒くて仕方がない。塗り薬はまだ残ってるけど、強すぎるから顔に使っちゃいけないって言われてるし…なんで効くって分かってる薬を持ってるのに使っちゃいけないんだろう。ほんとにムカムカしてきた。
―もうやだ。一週間ぶりにあった同級生が私の顔を見ようとしない。顔中にぶつぶつが出てるからだと思うけど…しかもそれを気付いたら潰しちゃうから、プリントにもちょっと血がついてるし。最近ふとしたときに指先に血が付いてるのに気付く。何で私がこんな思いをしなきゃいけないわけ…?まぁ、しょうがないから掻き毟らないように何か工夫しなきゃ。でも、手袋とか授業中にしてると変だし…いっそ縛り上げてしまった方が楽かもしれないなぁ

 青年はそこまで読むと、人差し指を今読んでいたペ―ジに挟んで表紙を見た。右隅の、ちょうど捲るときに指に触れる位置に付いた茶色い染み。見れば見るほどそれは血痕以外の何物にも見えなくなった。ちょうど指紋を取ったかのように、薄っすらと筋が見える。思わず手を引っ込める。机の上に、日記が投げ出された。

次へ

------------------------------------
2010.10.17/小山彩音



Main.に戻る