絵画の中に住む人の瞳を見つめていると、数百年前にその瞳を描いたであろう人と対話している気分になる。彼は何を思ってその絵筆に油分を纏わせたのだろうか。
「もうすぐ集合時間だ」

 そんなことを考えていると、背後から声が掛かった。んー…と生返事をするも、立ち去る気配が無い。仕方なく振り返ると、やはり男はこちらを見ていた。
「呼びに来てくれたの、ありがとう」
「教授に言われて仕方なく、な」
「怒ってたの」
「いや、別に」

 そうして絵画に背を向けて、彼より前の通路を歩き出す。すると、彼はその長身であっという間に私の前を歩き始めた。別に私、歩くのが遅いわけではないのに、何でだろう。
「性別が違うからな」
「悔しい」
「喚くな、煩い」

 そう言って彼はぴたりと足を止め、私に振り返る。 髪は猫のようにしなやかで、体躯はほっそりとしている。女性のような透き通る白い肌。絵画にするなら彼のような人間が良いのかもしれない。これで愛想笑いの一つも覚えれば、学内にファンクラブが出来ること間違いなしである。
「どうした」
「ちょっと笑ってみて」
「こうか」
「…ごめん」

 私はあまり彼の外見が好きではない。だって、私のタイプはいわゆるイケメン俳優のような笑顔の素敵な人だ。それでも、唯一彼の外見で好きなところがある。
「失礼だな」
「だって目が笑ってない」

 それは彼の細い目だ。その狭い奥に烏の濡れ羽色の瞳が潜んでいる。
「絵を見ているときはたぶん笑ってる」
「そういうときは、大抵頬が下がってる」
「両立は難しい」
「仕事と女の子みたい」

彼はもう一度前を向いた。
「片方で十分だ」
「寂しい奴だね」

 歩き出さない彼の目の前に私が回り込む。
「お前の前では普通に笑ってる」
 ふうわり、と緩やかに、でも確かに彼は笑っていた。

絵画になった私

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 毎回恒例の興冷め蛇足コーナー!(反転してください)
美術史専攻の大学生で授業時間に演習ってことで美術館に来てます。たぶん、絵を書いてる人って、愛情の籠った目で自分の作品を見つめることになるのだろう→そんな表情で見られるなんてまるで私は絵画の中にいるみたい→ 「絵画になった私」みたいな。
 はい大きなお世話の蛇足コーナーでしたーていうか、後書き無しで小説書ける人になりた、い…(´・ω・`)
2010.04.25/小山彩音


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