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白が丘中学校3年5組/倉崎台高校1年B組
吉岡 奏
紅茶を淹れて少し休憩したら、個々の人に付け足す文面を考えようかな。そう思い、部屋を出たのは4月のとある夜のことだった。春休みももう終わりに近く新学期もそろそろ始まるから、色々な支度をしなければならない。それでも、未だにお休み気分の抜けない私は夜更かしをしては母に怒られる毎日だ。少しずつ抽象度を増していく数学や、大概こんがらがってきた英語にうんざりするけれど、それでもどうにかこうにかついていけ…てるのかな。そんな、学校生活のモラトリアム期間。私はアドレス変更のメールを打っていた。アドレスを変えるのは初めてで、なんだか ドキドキする。でも、あんまりもたもたしていると12時を周ってしまう。そうなったら相手にも迷惑になっちゃう。そう思い、本文作りに戻ることにした。
何となく、友達とのメールでも敬語を使ってしまう私は、実は温かなものを求めているのかもしれない。目に見えないメールだから、ちょっと堅くても良いから丁寧な返信にしたい、とか、無機質な媒体からでも何か優しさを感じるような文章にしたい、とか。そんなことを考えながら、1人1人にかける言葉を考えていく。
「ご無沙汰です!お元気ですか?」
「またみんなでカラオケ行きましょーね ^^」
そうして書きためた文章を保存しておいて、順々に送信していく。そして、ふっと溜め息をついた。
1人1人に文面を変えていたから、作業を始めてから1時間30分も経っていて、一人で苦笑いをした。窓を開けると、温かな春の風と桜の花びらが入り込んできた。家のすぐ隣りにある公園の桜は、もう見頃を終えようとしている。窓枠を乗り越えてきた薄紅色を掌でいじっていると、チカチカと光る携帯が着信を知らせていた。着信は2件あり、両方ともメール。ひとまず見知ったアドレスの親友の方から開けてみる。
登録しといたよっ☆
そういえば、月島くんから白が丘中の同窓会メールが来たんだけど、奏は行く?
メールの送り手は中高共に同じ学校に通う、森本水姫からのものだった。彼女の言う月島くんとは、中学のころ部活が一緒だった月島涼典のことで、今は違う高校に通っている。そっか、同窓会の幹事やるんだ。相変わらず頑張ってるなぁ…。そう思いながら、もう一通のエラーメールを開いた。そして、言葉を失う。
下記のメールアドレス宛のメールを配送出来ませんでした。
アドレスをご確認の上もう一度お試しください。
そこに表示されていたのは他ならぬ涼典くんのアドレスだった。そっか、涼典くんアドレス変えたんだ。私は、教えてもらえなかったんだ。
涼典くんのことを異性として好きだったかと聞かれれば、正直答えに困る。一番私にとってしっくり来る答えは、「部活の仲間」だからだ。でも、部活の違う水姫にはアドレスが伝わっていて、私は切られてしまった。こんなの理屈で考えることじゃないって分かってるけれど、それでも寂しさが拭えない。視界が、ほんのりと揺らいだ。
心のどこかで、アドレスさえ知っていればずうっと友達なんだと思っていた。安易な考えだと笑われるかもしれない。でも、見えない糸で繋がっているという何かの宣伝文句に酔っていたのかもしれない。喧嘩別れしたわけでもなく、揉めたわけでもない。それでも、出会いに別れはちゃんと存在している。それと同じように、見えないけれど繋がっていると思っていた糸は、見えないところで切れていた。そっか、これが、「別れ」なんだ。でも、どうしてだろう。喧嘩別れなんかよりも何倍も残酷に突き刺さる。痛いよ、辛いよ。
本当に離れたくない友達なら、何故つなぎ止める努力をしなかったのだろう。こうやって私がもたもたしている間に、アドレスを知っているだけの「友達」はどんどん「他人」になっていってるかもしれない。逆に、私からも簡単にこの糸は断ち切れるんだ。所詮その程度の糸だったんだ。そう思うと、涙がぽろぽろと零れて止まらない。
インビジブル・フレンドの消失
掌の桜の花びらをぎゅっと握り締めて、離れていかないようにと願った。水姫からのメールの返信は、明日にしよう。窓を閉めてベッドに横たわり、携帯の電源を花びらで湿った親指で切った
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