「わたしは誰なんだろう、」
美雪の呟きは、電車が通ったために曇天に掻き消えた。隣の潤也が被せるように返した。
「俺は俺だしお前はお前」
「私が欲しいのはそんな紋切り型の答えじゃないよ」
「紋切り型の質問したのは誰だよ、この万年中2病」
「うるさいな変態オタク」
「変態は余計だ」
立ち入り禁止の屋上の、貯水タンクの横に2人で並んで灰色の雲を眺める。美雪はこの如何にも現実逃避です、という感じが好きだった。春だというのにまだ冷えるコンクリートの上に、ダッフルコートを着込んだ黒服の学生が2人。なかなかどうして不健康な青春という感じがする。
「だいたい、何がしたいんだよ」
「それがわかんないから困ってるんじゃん」
そういって、美雪は手の中にあったココアの缶を放り投げた。綺麗に弧を描いて宙を舞った鉄くずは、屋上の縁を覆う緑色のフェンスに当たってころころと帰ってくる。
「俺だって、俺が誰なのか教えてほしい。けど、与えられたくないよ、答えは」
「私は答えをもらえるんなら従っても良いよ。いくら考えても答えが出ないもん」
潤也は静かに立ち上がると、スニーカーを鉄くずまで進ませる。そうして冷たくなった缶を拾い上げると、自分のものと一緒に貯水タンクの近くに並べなおした。
「教師だって、確定した答えを求めてるわけじゃないんだ。まだ答えを出さなくてもいいと思う」
「そんなこと言ったって、もううちら受験生じゃん。進路希望表、他の子はちゃんと書いてた」
「でも、これからどうやって生きていくかなんて17、8年生きてきた中じゃ分かんないだろ」
美雪は潤也に向かって腕を差し出した。黙って腕を引っ張る男。スカートの乱れを右手で払うと、美雪は潤也におもむろに回し蹴りを入れた。さっと交わされる。
「スカートでやるなって言ってるだろ」
「短パン履いてますー」
「これだから三次元(リアル)は」
「おーい、奥行きのある世界に戻っておいで」
そうして美雪と潤也は笑いあった。こんな毎日が続けばいいと思った。それは学校でなくたっていいし、相手がお互いである必要もない。つまらない、何の変哲もない、ありえない展開のない、劇的な出来事もない世界。
「与えられた表題なんか、意味が無いんだ。俺たちの価値は、俺たちの意味は、俺たちが決める」
「潤のほうが中2病クサいよ」
こんな毎日が続けばいいと思った。それは学校でなくたっていいし、相手がお互いである必要も無い。つまらない、何の変哲もない、ありえない展開のない、劇的な出来事もない世界。だけど、
「しょうがない。それでも、これが俺たちの世界だ」
一緒に生きていく相手がお互いであれば、ほんの少しだけ面白くなるかも知れないと思った。
2人の作曲家
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お題:「表題のない交響曲」
2010.04.23./小山彩音