俺の家にピンヒールが転がっているという事態は、意外とよくある。と言っても、それは俺が女癖が悪いとか、俺に女装癖があるとか、そういった意味では決してない。
…本当に違う。

 ただ、俺には5つ違いのどうしようもない姉がいるのだ。そして、姉の部屋からは今日も今日とて泣き声が聞こえている。俺の口からは溜め息が漏れた。その瞬間、背後から不穏な気配を感じて俺は思わず飛び退いた。
「あら、涼典くん、居たんですね。全く気付かなかったわ。まぁ、偉大なるお姉様のご学友がいらしているっていうのに、お茶も出さない不出来な弟なんていらないですよね?そうですよね?」

 背後に立っていたのはそのどうしようもない俺の姉、名前を秋穂という。猫を被ってはいるが、凶暴凶悪な女であり、 俺が女子に幻想を抱けない一番の原因である。現に、さっきまで俺の頭があったところに彼女の拳骨がある。グーは痛いっていつになったら分かるのだろうか。
「はいはい、今準備しますよ、お茶菓子は何にします?」
俺が答えると、姉貴は珍しく申し訳なさそうな顔をした。
「うん、そのことなんだけど…たぶんあの子今日は帰れないと思う。悪いけど、今日の夕食は彼女も一緒で良いかな」
 この家で食事を統括している のは俺であり、その点においてのみ姉貴は俺に敬意を払っていると思われるのが最近の俺の悩みなのだが、それでも今回ばかりは協力せざるを得ないような気がした。
「分かった、んじゃお茶そっちに持ってったら買い出し行ってくる。母さんには姉貴からメールしとけよ」
「ありがと」
そう言って部屋に戻る姉は、その露出度の高い服に似合わず繊細な表情をしていた。一瞬、部屋の扉が開く瞬間に大きくなる泣き声は確か姉の親友のものだ。

 俺の姉のどうしようもない癖とは、泣いている知り合いを放っておけないところである。今回は彼氏に振られた親友、その前はサークルの交遊関係でもめている後輩だった。その一人一人の気持ちを癒すことが姉の趣味と化していた。そんな姉は俺にとっては痛ましい存在でしかない。
 一度だけ、姉貴に何故人に構うのかと聞いたことがある。実際彼女は、自分に余裕がない時は相談に 乗らないリアリストだ。だから、どうしても人を助けずにはいられない天性のお人好しじゃないんじゃないか。その質問に答えた時の姉の泣きそうな表情を、俺は今でも覚えている。

 悲しいかな、私が泣いている時に助けてくれる人はいない。それは今までの短い人生の中でも 痛切に感じてきたことなの。でも、こうしてみんなを少しでも支えていれば、私のことを覚えていてくれるかもしれない。別に、見返りが欲しいわけじゃないの。でも、でもさ、いつか誰かが私を助けてくれるかもしれないから、だから、私は誰でも助けるの。そうでもしないと、不安でダメなの。

クレバー・ボーイの切望

 なあ姉貴、知ってるか?誰でも、助けて欲しい時は声に出さなきゃ聞こえないんだ。あの時の姉貴にこのことすら伝えることが出来なかった俺は、姉貴が泣く時に気付いてあげられるだろうか

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2010.03.14./小山彩音





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