俺の知る彼女は、いつも1人でいる。図書館の地階に、南校舎の屋上に、研究室棟脇のテラスに。あたかも始めからそうであったかのように景色に溶け込み、言われなければ気付かないような自然さで彼女は息をしていた。
◇
語学の授業はクラス制で、大学の中に微かにホームルームのような充足をもたらしている。彼女は近くに座る友人たちと世間話をしているようだった。しげしげと眺めていると、一瞬、彼女と目が合った。そして流すように目を逸らした彼女の視線の先には、いつの間にか教授が来ていた。
「それじゃ、明日の法学で」
「うん、またね」
「あ、バイバイ」
何故か必修語学のくせに5限に入っているこの授業は、特別な時間割じゃない限り、最後の授業である。18時ちょうどに説明を終えた教授は、逃げるように教室を後にした。そして、それを追うように帰路につく同級生たち。そんななか、彼女はいつだって、友人達とは帰らなかった。
―あの方角は、今日は学食のオープンテラスか
そう思いながら彼女のパンプスを目で追っていると、先ほどの授業で隣りに座っていた友人が話しかけてきた。
「あ、山本さんか。彼女良いよな!明るくてさー、この前の飲み会の時も色々取り分けてくれたし、気の利く子でさ」
「そうだな」
彼女は外から見ればいつだって完璧な花だ。
◇
「音楽に関心あるんだ」
断言するように問い掛けられた言葉が、自分に向けられたものだと気付いたのは、彼女が薄く笑った後だった。
「折角イタ語とってるし、俺はオケだから」
「音階はドイ語なのに、なんで楽譜にはイタ語なんだろうね」
そう言って彼女は背を向けた。どうしてこんなところに、そう言おうとして口を開くと、彼女は向かいの書棚から本を一冊抜いていた。そうか、彼女も本を借りに来ていたのか。思い返せばここは図書館であり、何らおかしくはない。
「探してたのはそれだけ?」
気付いたら問い掛けていた、自分に驚いたのは、彼女だけではない。
「今日はこれだけ」
そう言って後ろ手に持っていた本も見せた彼女は、どうしてその細い腕で7冊も文庫本を持てていたのだろうか。
◇
「みんなの前ではよく喋ってるけど、1人のときは静かだね」
図書館を出ると、温い風が吹いて、肌をじっとりと湿らせた。それを気にする様子もなく、彼女は近くのベンチに腰掛けて答えた。
「1人で喋ってたら怖いよ」
「まあ、確かに」
隣りに座っていいものか逡巡していると、彼女はさらに端に詰めた。
「ありがとう。でも、普段と様子が違うから驚いた」
「煩かったかな、ごめん」
「いや、楽しそうだなぁ、と」
そう告げると、彼女は微かに眉根を寄せた。
「あれは、むしろ頑張ってるつもりなんだけどなぁ」
「え、」
返り見た彼女の顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。
「1人になるにはそれなりの交友関係が必要でしょう」
花に見えて、強かな
整い過ぎたその微笑みすら、色艶やかに咲いていて、下手な花よりも鮮やかだった。
----------------------------------------------------------