両脇に垂らされた黒髪の合間から、赤く変色した肌が覗いていた。鏡越しに見える両の瞳はぎらついており、頬を走る鮮血はなおも脈にあわせて皮膚の細かな皺の上を渡る。白く艶やかであったであろう肌は毛羽立ち、ささくれ立っていた。爪の伸びた指が優しく肌をなぞっている。通例、人間の爪の先は白くい。しかし彼女の爪の白い部分の根本は、肌を掻き毟ったために黒く変色した皮膚が溜まっていた。そしてその先の本来白くあるべき爪の先端には、垢が溜まるほどに掻き毟ってもまだ治まらなかった痒みのせいで、血の混じった皮膚片が入り込んで地層のように三色のグラデ―ションを成していた。肌色と、褐色と濁った紅である。そうして表皮を毟り取られた頬は、なだらかではいられなかった。傷ついた肌は凹凸を伴っている。それが血の滲むのを堰き止め、行き場を失った血は平らな部分を選ぶようにして、重力に従い流れてゆく。言葉もなく友人が見つめているその容貌は、もはや嘗ての面影を残していない。鏡に反射して、上唇の更に上の窪みに体液が溜まったのが見える。口紅も塗られていない、簡素な唇が微かに動いた。その瞬間、紅が唇の上に流れ込み、口腔へ、下唇へ、顎へと駆け回った。
「全て、要らないものは無くなったのよ」
そうして、昔と同じ骨格に違う衣服を纏わせて、女は笑う。幼子のように赤みが強調された肌の色。鏡越しに彼女と目が合った。
それは、まさしく女の顔(かんばせ)であった。
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「遺書」
2010.10.17/小山彩音