その時、いきなり教室に数人の生徒が乱入してきた。どうやら衣装係のようで、メジャーを握って微笑んでいるのは日向だ。
「すんません、練習中だと思うけどサイズ測らして!女の子は更衣室に行ってくれる?んで、野郎共は身包み剥いちゃるから神妙にせい!」
 日向はトランペットを吹きこなす音楽少年なのだが、裁縫、料理もお手の物、いわゆるオトメンのようで今回の劇でも重宝がられている。彼の言葉を受けて女子が出て行くと、教室には男子だけが残った。僕は関係ないだろうと思い、教室の隅のほうへと寄って眺めることにした。すると、伴の裏声が響く。
「ひゃあぁっ!日向、どこ触ってんだよ!」
「はいはい、伴ちゃんいい子にしてましょうねー、はーい、おてて上げましょうかー」
「お、お前っ」
 どうやら、瀬戸と日向が話し合いながら衣装の概要を相談しているようで、ひとりひとり微妙に測られている部位も違うようだった。高島は肩パッドを足してガタイを良く見せる必要があるらしく、発泡スチロールで作られた肩当ても填められている。

「おーい、原田ぁ」
「え、俺も?」
「当たり前だろ、ナレーターっていってもずっとステージの上にいるんだからな」
 完全に初耳だった僕は、呆然としてしまい、気付けば測定は終わっていた。途切れ途切れに覚えている話を総合すると、制服のズボンに合う色でベストと燕尾服のジャケットを作るらしい。
「俺の手にかかれば、下手な店よりもいい服になるぜ!期待してろよ」
 そうして、セクハラ疑惑のあった採寸を終えた日向は、意気揚々と教室を後にした。その後姿に、彼から伝えられた伝言を反芻する。

―あ、そうそう、涼子ちゃんが言ってたけど、本の貸し出し期限は今日までだから、返すなり延長手続きするなり、きちんとしろってさ

 そう言って、僕の肩を叩いて去って行った日向は、おそらく貸し出しに至った経緯を察しているのだろう。「涼子ちゃん」が黒木さんのことであると気付いたころには、日向と入れ替わりに女子が戻ってきていた。そうしてがやがやしたムードが流れている中、チャイムが鳴ってHRが終了した。鈴木さんと伊波さんが話している声が聞こえる。
「はぁ、来週からテストだね」
「私、物理よく分からなくて…伊波さん、今度教えてもらってもいいかな?」
「いいよ、明日か明後日にでも一緒にやろっか!」

 そうだ、もうすぐテストが始まる。今度こそ、僕は順位を上げてみせなければならない。僕らの学校では順位の貼り出しはなされない。だから僕の上にいる人が誰なのかは分からないままである。入学以来、ずっと僕は学年2位を取り続けているのだ。その、誰かは分からないただ一人を抜かすために。僕は手にした本の背をぐっと握った。結局、僕にはこれしかないのだから。

  ----------------------------------------------
2010.11.20./小山彩音



「伊波さんと僕」topへ戻る
Main.に戻る