めぐりめぐってまた同じ陽が昇る。毎朝同じ風景の中に目を覚まし、代わり映えのしない出で立ちに身をやつし、同じ景色を電車から眺める。所詮変わるものなど何も無いのだろう。こうして同語反復の日常の中に埋没し、いずれは誰と意識されることも無く消えていく。それが自分の人生なのだと諦めても、燻り続けている心の内に、また苦笑いを一つ零す。
「そんな湿気た顔してどうしたの」 いきなり隣りから話しかけられ、持っていたシャーペンを取り落とした。机の上を転がって、声のした方の端から落ちそうになるそれを、細く白い指が静かに拾い、こちらに差し向けた。ずっと眠っていたはずの伊波さんが、こちらを向いている。 「どこまでいった?」 「え、17ページの問4」 そう告げると伊波さんは小さな肩を震わせて笑った。よく分からないままひとまずシャーペンを受け取ると、そのシャーペンを持つ手も震えていた。そんなに面白いことを言ったのかと自問自答する。 「原田くんのテキストの話じゃないよ。ホームルームの話し合い。確か文化祭の出し物決めでしょ」 漸く笑いが治まったのか、伊波さんは伏し目がちだった目をこちらに向けた。 「あ、あー、えっと、とりあえず劇にするらしいけど」 「へー。題目は?」 「ケータイ小説か『美女と野獣』」 「それはまた凄い取り合わせだね」 それはまた楽しくて仕方がないといったような声色で、クラス委員が必死にチョークを走らせている黒板を、彼女は眺めている。 改めて自分も前を向くと、ちょうど意見が出揃ったところのようだった。男子の様子を見回すも、自分のように課題をやっている人間や漫画を回し読みしている者が大半であった。恐らく、ぐだぐだな文化祭になるであろうことが予想出来て、自分を棚に上げて溜め息を付いた。そうして、クラス委員が無理やり決を取り始めた。 「原田くんどっちに上げる?」 「どっちでも良い、てかめんどくさい」 「ならさ、美女と野獣にあげてよ」 その瞬間、伊波さんは僕の右袖の端を白い指で掴んで空に掲げた。そうして、ふたりして数に入れられたのを確認すると静かに手を下ろす。 何で、そう言おうとした瞬間に、クラスの中で歓声と悲鳴が沸いた。どうやら、美女と野獣に決まったらしい。そうして疎らな拍手が響く教室で、伊波さんは静かに手を上げた。普段口も聞かない彼女が手を上げたのを見て、クラスメイトが一瞬凍る。 「伊波さん、何か意見ですか?」 「あ、あの。その劇の台本書くの、私がやっちゃ駄目かな?文芸部だし、台本とか興味あって」 クラス委員の問いにゆったりとした口調で答える彼女。すると、少し離れたところに座っていた瀬戸も手をあげた。 「じゃあ、俺も手伝うよ。同じ文芸部だし」 そうして、初めて伊波さんが口を聞いたホームルームが終わった。
「どうしていきなり文化祭にやる気出したんだ?」 僕の問いに、伊波さんはただ笑っただけだった。
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